【杉原裕一のプロフィール】

僕がサラリーマンのころ

 

「お正月ぐらいは家族と一緒に過ごしたい」と周りの人は言ってました。

 

でも、現在僕は毎日、1日中家族と過ごしているのでそれがあたり前になっています。
世間から見たら贅沢なのかなとこのお正月は少し考えていました。

 

そして、子供のころの家族についてなんとなく思い出したりしていました。

僕の家は父親が競輪で借金しまくり極貧でした。

 

人が来ると借金取りかもしれないと思いいつも身を潜めていました。

結構な頻度で電気が止まりました。

 

家賃の滞納もしょっちゅうで、当時学生だった
僕を不動産屋が見張っていました。

 

バイトしている僕から家賃を取ろうとしていたのかとても怖い思いをしました。

 

今でこそ笑い話ですが、当時は物凄く怯えていたことを覚えています。

 

高校を卒業できなかった母親はいつも僕にこう言っていました。

 

「安定こそ一番」

「いい大学に入っていい会社に入れば安泰だ」

「公務員は安定している」

「浪費は悪」

「貯金が善」

「勉強しなさい」

「あなたも勝ち組になりなさい」

 

そう教育されていたので当時アルバイトばかりして偏差値が40代だった
自分でも必死にがんばった結果、東京理科大学に入ることができました。

 

母親は大喜びで学費を借りるため必死に銀行をかけ廻りなんとか学資ローンを
借りてくれました。

 

その後、ある程度有名な上場企業に就職できたので母親はまたまた大喜びでした。

 

僕は母親によって優等生になるための教育を受け、まさに母親が望む息子に
なったわけです。

 

会社に入ってから10年以上もの間まじめに仕事をしていたら年収で600万円ほど
もらえるようになっていました。

 

このときは会社に行きさえすれば給料というお金が定年までもらえると信じていました。

勝ち組みとまでは言いえないけど年収300万円時代の中でその倍以上もらっている
自分の将来は安泰だと思っていました。

 

しかし、そんな思い込みはあっという間に崩れ去りました。

 

自分の年収以上のお金をたった一ヶ月で稼ぎながらも自由に生きている人々の
存在を知ってしまったからです。

 

その方はネットを使ってビンテージカーの売買を仲介していました。

 

趣味が転じてその仕事をはじめたそうです。

たった一人で数千万円の利益を得ながら隠居生活を楽しんでいました。

 

千葉県の田舎に農家を購入して趣味の農業を楽しみ、ビンテージカーを乗り回し、誰にも
邪魔されず自由な時間を楽しんでいました。

 

その方の年齢は34歳でした。

 

34歳というとサラリーマンの常識では会社の戦力となり会社のためにバリバリ
働く年齢です。

 

しかし、その方は時間も、収入も、住む場所も、そして精神的にも全く自由でした。

 

上場企業に入った僕は毎日毎日満員電車に揺られてあくせくと会社と家を往復していました。

平日は残業も当たり前で、土・日に休めるのが唯一のモチベーションでした。

 

そのころ役所に勤めていた僕のいとこは過労でこの世を去ってしまいました。

 

忙しい部署の仕事をしていて朝から晩まで毎日働いていました。

精神的なストレスがかなりあったと聞いています。

 

3歳年下のいとこは公務員という世間では安定と言われている職業に就いたとき、

 

「役所で働く事ができました」

 

と、とても喜んでいました。

 

しかし、僕よりも先に逝ってしまったのはとても残念でした。

 

大企業や公務員、医者、弁護士などの職に就くことができれば人生安泰だといつも
母親が言っていたように、自分の時間を切り売りして好きな趣味や旅行、家族との
時間を犠牲にする人生。

 

お金も、時間も、住む場所も、人間関係も、全く自由になれない人生。

 

こういった生活を定年を迎えるまで続けることは世間の常識、母親の常識でした。

 

一方、趣味の農業を楽しみながら、ビンテージカーを乗り回し、誰にも邪魔されず
自由な時間を楽しんでいる人がいます。

 

もちろん、世間の常識が悪いわけではありません。
僕も世間の常識が当たり前だと思って育ちましたから。

 

でも、1度しかない人生なら、お金も、時間も、住む場所も、人間関係も、
全て自由な人生の方が自分には魅力的でした。

 

後悔することなく「いい人生だった」といってあの世に行ければ最高です。

 

そして、僕は自由になれる可能性があるネットビジネスで生きていく事を選択しました。

 

そんな時、ネットを検索していたら古本せどりという転売ビジネスに出会いました。

 

恐る恐るブックオフに仕入れに行き、アマゾンで販売することを繰り返しているうちに
数か月で会社の月収を上回り脱サラすることができました。

なぜ短期間で脱サラに成功したのか?

 

今この文章を書きながら思うことはやはり覚悟を決めたからだと思います。

 

まずは、雇われないで生きていくという覚悟を決めました。
そして会社の付き合いなどは一切断りました。

飲みに誘われても送別会などは別としてその他の付き合いでは
一度も参加したことはありません。

 

そして、仕事が終わったら真っ先に会社を出て目標に向かって作業しました。
家に帰ってもテレビは一切見ることが無くなりました。

 

そうすると時間ができます。

 

会社の帰りに仕入れに行って、帰ったら本の値札を剥がして
クリーニングそしてAmazonへ出品といった作業が続きます。

 

さらに売れた本の梱包と発送準備をして夜中に就寝です。

 

とにかく自分の限界までがんばりました。

やはり覚悟を決めると体が自然と目的に向かって動き出します。
多少寝てなくても全然平気になります。

 

独立後は情報発信もはじめました。

 

情報発信をはじめてから約1年後にせどりのオリジナル教材を
販売したところ24時間で100万円の売り上げを超えてしまい
ビックリというかビビリました。

 

その後も売れ続け一月で300万円を超える売り上げになり
情報発信の威力を思い知らされました。

 

その後も情報発信を続けながらコンテンツ販売、ツールの販売
アフィリエイトなどで月に300万円を継続的に稼ぎ続け、
多い月は500万円ほど稼いだ時もありました。

 

独立して5年ほど経った時、大きなビジネスを興そうとして
数名の知り合いと共に活動してのですがまだまだ未熟ということも
あり失敗してしまい多くのお金を失ったといった時期もありました。

 

しかし、その後は輸入、輸出、国内などほぼ全ての転売を経験しながら
ebay輸出というビジネスに辿り着き、ebay輸出を実践しながら情報発信をしてきました。

 

ebay輸出の情報発信ではある方法を使って独自のコンテンツを
自動で販売する方法を身につけることができました。

 

この方法はアフィリエイトでも可能です。

 

僕が10年以上かけて突き詰めた本当の自由になれる方法です。

 

仕組み作りは簡単ではありませんが本当の自由を手にしたい
という方はこの方法が一番手っ取り早いし再現性があります。

 

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